岡崎体育ブログ 脂汗日記

盆地テクノやってます、岡崎体育のブログです。ぷっちゃへんざっ。めーん。

ワンマンライブ[BASIN TECHNO]を終えて

※今日のブログはけっこう長いです。

紙媒体やと作文用紙7枚分はあります。

 

 

 

10月14日。

目が覚めると、

下校中の小学生のキャンキャンした声が聞こえてきた。

時計を見ると15時を回っている。

 

布団から離れ、階段を下り、

冷蔵庫を開けてバヤリースをコップ半分くらい飲む。

 

いつもならこの後、部屋にもどって

CubaseとMetanotaを立ち上げ

学習机にへばりつく休日が始まる。

 

僕はこの日常を放棄して、布団にもう一度横になり、

漫画でも読もうと本棚に目線を遣った時、

 

 

 

ワンマンライブが終わった

 

 

 

 

という気持ちが頭から全身を伝い、

形容の難しい感情に陥った。

 

実は、階段を降りる辺りから

ワンマンが昨日終わったという意識は

ふんわりと継続的にあったけど

頭のなかにある楕円型のスクリーンに

「ワンマンライブが昨日終わった」という文字がバンと現れたのは

この、本棚に目を遣ったタイミングだった。

 

 

しかし、魂の抜け殻のように堕落ついた(だらついた)意識ではなく。

なんとも誇らしい充実感が確かにあった。

 

 

 

そんな誇らしい昨日の夜の事を

忘れないよう、いつでも思い出せるよう

この僕のブログに記しておこうと、思います。

 

 

 

ホワン ホワン ホワン ホワン ホワワワワ〜ン…

 

 

_____________

 

 

岡崎体育 ONE MAN LIVE

[BASIN TECHNO]

が2014年10月13日に爆催された。

 

 

当日、朝10時に目が覚めた。

同じ日の朝4時まで起きていたけど

6時間はきっちり睡眠をとった。

 

カーテンを開けた。

電線がビュルンビュルンと、しなっていた。

ああもうこれはヤッベーと思った。

 

ちょうど大型の台風が日本に上陸しており、

西日本では既に暴風警報が発令されている地域もあった。

 

幾多のイベントがやむを得ず中止を発表していく中で

僕は、僕自身の我が儘でライブの開催を決めた。

 

 

朝飯を食べ、風呂に入り、ゆっくり準備をして14時には家を出た。

 

 

 

会場の奈良ネバーランドに到着し

スタッフの方々に挨拶をしたあと、iPhoneでメールをチェックした。

 

何件ものチケット予約キャンセルのメールが入っていた。

 

交通機関が麻痺している為、会場に辿り着けない

着いたとしても、帰れるかどうかわからない。

という理由だった。

 

どのメールもすべて、

丁寧に そして申し訳なさそうな文章で綴られていた。

みんなライブを見れないことを残念がっていた。

 

申し訳ないのはこっちのほうだ。

 

天候のことはどうしようもないけど、

雲という大気中の物質に対してこれほどまで憤りを感じたのは

これが初めてだった。

 

けれど、日にちをずらしたりできるものでもないので

 

来れない人には申し訳ないけど、

来てくれる人の為に全力でやろうと決めた。

 

 

 

 

リハーサルを開始した。

 

順調に進めていくなか、

 

全17曲、トラック合計約200という負荷にPCが耐える事が出来ず、

 

「ッ…」っという無音の音をたててソフトが落ちた。

 

本番大丈夫かなと思ったけど、落ちたらそれはそれで僕らしいという

都合の良い解釈でスルーした。

 

時計は18時。開場まであと30分。

 

フロアで物販の整理をしていると、

見覚えのある金髪がフラッと入ってきた。

 

アルソコニの良波だった。

 

「岡さん、今日ワンマン観たいんですけど、

金ないし入れないんでスタッフでもなんでもやるんで入れて下さい」

 

と若干19歳のコイツは真面目な顔で言ってきた。

 

ちょうどスタッフもいなかったし、

連絡もなく台風の中ここまで来た行動力を買おうと思った。

 

良波に物販スタッフをしてもらうことにして、

「岡崎体育」のパスを貼付けた。シュールだった。

 

 

そしてついに開場の18:30になった。

 

「奈良ネバーランド、岡崎体育ワンマンライブ

オープンします!」

 

と、受付スタッフ ヒデの声がフロアに響いた。

 

僕は、ライブが終わるまで控え室を出ない感じのかっこいいヤツを

やると決めていたので

開演までのお客さんの入りの状況が確認できなかった。

 

強がる必要もないし言うけど

大雨の中、みんなが来れるのか、来てくれるのか心配だった。

電車も止まってるし、外は危険やし、

控え室の機材搬入口はガタガタと暴風のあたる音をたてていた。

 

多くて30人くらいだろうと思っていた。

 

 

時計を見ると19時10分前。

 

なぜかPUFFYアジアの純真口ずさみながら

控え室でストレッチをしていたとき、

この日は照明スタッフをやってくれる向井さんが控え室に来て

 

 

 

「今70人くらい。

外もまだまだお客さん入ってきそうな

感じやけどスタートどうする?」

 

と言った。

 

 

 

 

ちょっとビビった。

この超悪天候のなか、すでに70人のお客さんが入ってるのか。

 

 

僕を見に来てくれたのか。こんな嵐の中。

 

 

ほとんどの人がチケット取り置きだったから、

来れなくてもお金は払わなくてよかったのに、

 

みんなこの嵐の中、僕を見に、応援しに、来てくれた。

 

 

 

嬉しかった。

 

すごく嬉しかった。

 

 

喉キュンした。

 

 

いちびって向井さんに

 

「 10分押しでお願いします。」

 

と言った。

 

いやーいちびった。

 

そして19時10分。

 

 

登場曲

「Okazaki dynamic entry」

のイントロが爆音でフロアに流れた。

 

 

始まった。

 

 

僕のワンマンライブが。

始まった。

 

絶妙のタイミングでバックステージを飛び出した。

 

目潰し照明、モクモクと青く光る煙。

登場し、センターで渾身のベイシンモーションを

バッツンバツンにキメた。

 

 

 

フロアに目を遣ると

パンパンに満員だった。

 

みんなが拍手をしてくれていて、両手をあげてくれていた。

 

やった。

僕は今から2時間、

みんなの前で盆地テクノできる。

 

感情も最高潮で1曲目に入れた。

絶対に今日を伝説の日にするぞと思って臨んだ。

 

 

 

 

 

1曲1曲どんなんだったか伝えたいけど

さすがにめっちゃ時間かかるから

全体の雰囲気だけ書きます。

 

 

ワンマンをするにあたって、今まで岡崎体育を見たことある人が

来てくれるだろうなと思っていたので、

この日のために既存曲のマイナーチェンジを凝らした。

 

だから、普段どおりやってる曲でもみんな楽しんでくれたかなと思う。

 

 

同じ曲でも、何回見ても楽しんでもらえるように

少し変えたり足したりするのが

盆地テクノ流。

 

そこを怠れば盆地テクノじゃない。

山があり、盆があり、また山がある。

変化が無ければ、ただの平地テクノになっちゃうから。

 

 

 

新曲もなかなか良かったと自分で思う。

 

特に「FRIENDS」という友達についての曲がみんなに好評だった。

 

 

 

あと、「SNACK」っていうラップの曲をやる前に、

Cubaseが落ちた。

 

むっちゃビビった。

けどリハでも落ちてたし、あんま焦らずリカバーできた。

 

ていうか落ちひんように SAY YO!

 

 

 

そしてまぁそれなりに順調に進んでいって

最後の曲「家族構成」。

 

みんなフロアから「もっと見たかったー!」って言ってくれた。

言わせてんけど。

 

最後のサビが終わり、

アウトロのところで「BYE BYE!!!」と叫んでステージを降りた。

 

 

 

 

 

アンコールの拍手が来た。

 

 

 

ステージ降りてからアンコールで登場するまでの所要時間

 

約4秒。

 

「出会って4秒で合体

 

   ならぬ

 

「終わって4秒でもっかい」

 

です。

失礼しました。

 

 

アンコールを期待してとっておいた、

「岡崎体育のはじまり」の曲。

僕が盆地テクノを掲げるキッカケとなった曲。

「Okazaki hyper gymnastic」

を一生懸命演奏した(なんや、文句あんのか)。

 

いっつもやってる曲やけど、

すごく特別な感情だったのでグッとくるものがあった。

イントロで後ろむいてクラップしてるときとか

ちょっと込み上げてた。何かしらが。

 

そしてラストの伏線回収もキマり、

最強の形でワンマンライブを終える事が出来た。

 

 

______________

 

 

スタッフやってくれた良波も含めて、

最終的に90人近いお客さんが入ってくれたようです。

 

 

いやー、なんども言っちゃうけど、

 

あの嵐の中ですよ…ほんとに。

 

一人のフリーターの魂をですね、見に来てくれたんですよね。

 

すごいことやなぁ、感謝しないかんなぁと思うわけですよ。

 

いやーもう。もうね。泣いてますよ。ほんと。

 

どう言って感謝の気持ち伝えたらええか全然わかんないです。

 

これから頑張って名を挙げることで、感謝の気持ちをあらわせられるかな。

 

 

 

 

 

そうそう、

来年の体育の日は150人集めます。

 

 

 

 

マイネームイズオカザキ。

進めハップハップハップ。

限界は自分で決めるもんじゃない。

いい曲はいい人とともに。

 

 

 

 

 

 

僕、一生盆地テクノやりますね。

 

岡崎体育

 

 

おわり

ワンマンライブについて

お久しぶりです。

岡崎体育です。

 

ついに明日にせまったワンマンライブ。

 

今、最後の準備の合間にこのブログを書いています。

 

2年間、岡崎体育として音楽活動をしてきて

やっとワンマンライブができるようになりました。

 

今年の3月から

「ワンマンライブで絶対100人集める」

と言い続けてきて、

つい先日、チケット取り置きの100枚超えを達成できました。

 

僕は有名なわけでもないし、

毎回ライブに来てくれるようなファンの人がいるわけでもない。

 

それでもみんなが僕を観に来てくれるってのはめちゃくちゃ嬉しかった。

こないだちょっと泣いた。まだ早いけど。

 

見てくれる人には

ワクワクしてほしい、楽しんでほしい、笑顔になってほしい

っていう、ありきたりやけど強い気持ちがあります。

 

その気持ちを僕が体現化したものが

「盆地テクノ」という音楽です。

チョケてるように見えるけど、僕はこの音楽を誇りに思ってるし

たくさんの人に伝わってほしいと思ってます。

 

 

だからこそ、今回のワンマンで100人超えたときは本当に嬉しかった。

 

 

 

で、本題なんですけど。

 

台風がね、来てるじゃないですか。JAPANに。

 

僕は正直全然心配してなくて、余裕やと思ってたんですけど、

さっきWEBニュースみたら、

 

JRが明日の夕方以降の運転取りやめを決定したらしいです。

 

(以下 NHK News webから引用)

京阪神のJR在来線 13日夕から運休へ NHKニュース

JR西日本は台風19号が近畿地方を直撃するおそれがあるため、京阪神地区を走る在来線の21路線について13日の午後2時ごろから列車の運転本数を徐々に減らし、午後4時からは普通列車から特急まですべての列車の運転を取りやめることを決めました。

運転が取りやめられるのは東海道線山陽線山陰線大阪環状線関西線阪和線関西空港線北陸線湖西線片町線東西線福知山線奈良線草津線、桜井線、和歌山線おおさか東線加古川線赤穂線姫新線桜島線の21路線です。 

 

 

 

 

マジか。

 

 

アホなので、電車が止まるってのは想定できてなかった。

 

今んとこJRの在来線だけの情報やけど、

これから他の私鉄も運転取りやめの発表とかあるかもしれない。

 

明日のワンマン取り置きしてくれてる人は

90%以上の人が関西各地から来てくれると思うので、

当日どうしても来られない人がたくさんいると思います。

 

 

 

それが本当に悔しい。

 

「ライブハウスに100人集められないかもしれない」

ってことじゃなくて

 

「岡崎体育のワンマン楽しみにしてたけど電車動いてへんし行けへん」

って人が出てくるかもしれないってのが、

 

本当に本当に悔しい。

 

でも天候のことはどうしようもないし、しょうがない。

 

いやー。

僕がスーパースター過ぎて、嵐を呼ぶ男であるが故に申し訳ない。

 

でも、コレだけは絶対に約束できます。

 

ワンマンライブが中止になることは

100%ありません。

 

明日の夜6時半に

奈良ネバーランドに来てくれたら

 

確実に僕はそこにいます。

 

 

ワンマンを成功させるために

3月から毎日毎日一生懸命試行錯誤してきました。

いろんな夢を乗せています。

 

最高で最強の2時間を約束できます。

 

僕はいまから近所の地蔵に台風逸らせろとお願いしてきます。

 

明日、ネバーランドでお会いしましょう。

 

 

 

岡崎体育

 

 

 

 

おわり

 

 

6月25日

人に言いふらすことではないし、

かと言って、念として潜めることでもないから、何かのタイミングで僕がここにアクセスしてこの文章を読むために書く。

サムいけど。



6月25日、僕の中で大きな決断をした。
飽くまで僕の中、俺の中だけで大きなことで、世間的にはよくあることだけど。

大人にならなくちゃいけない。
ずっと長い間、こどもの延長に過ぎなかった。

悲しいけど大人にならなくちゃいけない。


全部頑張らないといけない。







読んでる僕へ。

2014年6月25日に起こった3つのことを忘れたようではお前はもう駄目だ。







ひとつは6月25日15時。
これは、嫌なことから逃れない精神。
怠惰を擦り潰す感覚。楽しさもきっとある。大人は嫌なこともやってるぞ。大学受験の時のイメージ。







ひとつは6月25日21時。
これは、好きなことをやり抜く精神。
やっと来たチャンス。逃してはならない。好きなことの癖に後ろにズラすのはやったらあかん。熱とか出たとき以外は頑張れ。







ひとつは6月25日25時。
これは、運命かどうかを判断する精神。
運命じゃないなら情。運命なら天比。







この3つは、忘れたらあかん。

ずーっと頭に入れて覚えるのは無理やろうけども、

この3つの精神が肉体にジワーっと浸透してるイメージを持ったり、なんかのタイミングでこの6月25日を思い出さないとあかん。

特に3つ目。

3つ目は1つ目にも2つ目にも繋がることだから。




よろしく頼みます。
岡亮聡のときも岡崎体育のときも。











6月25日
6月25日
6月25日








あれやな、
多分レミオロメンの人らも3月9日になんかあったんやろな。


おわり






ライアーマストダイ

ふと昔のことを思い出した。

とても、悲しくて頭にきたことを。

なぜこのタイミングで思い出したのかはわからんけども、思い出した。



僕は19歳の頃

愛新覚羅ヌルハチ

という名前のロックバンドを組んでいた。





当時僕は、特にサークルにも入らず真面目に授業だけを受けに大学に通っていた。

欠席や遅刻もほとんどせず、
昼飯はイケてるグループで埋まった食堂の隅で、席が空くのを待ち、冷めた唐揚げ定食を食べた。

勤勉なハイエナのような1年を過ごしていた。

これじゃダメや。と思った僕は、音楽を始めた。

軽音サークルに入っても良かったけれど
なんとなく嫌な予想がついて学外でバンドをすることにした。

自力で3人のメンバーを集め結成したのが

愛新覚羅ヌルハチ

だった。


若さ故か、とにかく他のバンドの曲をコピーするのが嫌で、唯一コピーしたのが
blurのsong2くらいだった。
めちゃ簡単やったし。

スタジオで練習したりして、初めてライブハウスに出た頃から全曲オリジナルで勝負していた。
それがかっこいいと思っていたから。


ステージ度胸がなく
よく威嚇まがいなMCをしていた。
(今でもしてる。)

でも別に挑発してたわけじゃない。

挑発と威嚇は似てるようでちょっと違う。

挑発は先手の行為で、威嚇は後手の行為。
僕らはライブハウスが怖いから威嚇して虚勢を張ってた。

ライブの内容については、社交辞令なのかも知れないけどよく褒めてもらい評価してもらっていた。

めちゃくちゃ楽しかった。


で、楽しさの絶頂期やーーって頃に、




そいつは現れた。


やっと本題。




2010年の夏頃、あるライブハウスで普段通りバッキバキな感じでライブした帰り際、そのライブハウスの出入口付近で僕らは声をかけられた。

30歳前後くらいの男性だった。
対バンのお客さんだと思う。




「お疲れ様ですー‼︎いやー君ら凄かったよー‼︎」

マキシマムザホルモンみたいな勢いやったなー‼︎」

「19、20歳とかなん⁉︎若ッ‼︎」

「ボーカルさんもめちゃめちゃ歌上手くてビックリしたわー‼︎」





とにかく褒め千切られた。


そして5分ぐらい話した後





そいつがこう言った。




「実は僕大阪の厚生年金会館とかでブッキングみたいなんしてて、君ら話してても真面目そうやしすごく気に入りました。なんかの機会に呼べたらなーとか思ってて、君がリーダーやんな?連絡先教えといてもらっていい?」



僕ら4人は舞い上がった。

めちゃくちゃチャンスだと思った。
さっそくメールアドレスを交換した。


帰りの電車、僕らはまだ舞い上がってた。





「やった!俺ら大阪厚生年金会館でライブできんぞ!」

「見てこれ!キャパ2500人とかやって!」

「売れてるバンドの前座みたいなんやらしてくれはるんかなぁ。」





本気で嬉しかった。





すごい人に目を掛けてもらったと思った。

バンドメンバー、特に僕は本当にフワフワした気持ちだった。


家に帰って、嬉しくて嬉しくて、お母さんに話した。

今日ライブに大阪厚生年金会館の人が来てて、俺らのライブ見て気に入ってくれやはって、もしかしたらそこでライブさせてもらえるかもしれへんねん、と話した。


それから僕はそいつにメールを送った。
丁寧に丁寧に失礼のないように、本当に自分たちが会館でライブをやりたいってことを伝えた。



キラキラとした気持ちのまま返事を待ったけど、数週間しても返事はなかった。



悔しかったけどやっぱりそんな美味い話はないよなと、僕らは諦めた。

諦めたというか、我に還ることができた。


自分たちは演奏もヘタクソだし、場数を踏んだわけでもないし、ビジュアルもかなり悪いほうだ。

年金会館のブッキングの人も、そのときのテンションで僕らに声をかけただけで、時間が経ってやっぱりヌルハチは無いなってなったんだろうって思って、我に還ることができた。







なんとなく大人の階段を一段登った気がして、こういうこともあるさと、フワフワした気持ちは落ち着いた。













そして
また何週間か経ったあとの
僕らがスタジオで練習をする日。



ボーカルのハギワラミナミを車で迎えに行ったとき、ハギワラは僕にこう言った。






「岡ちゃん、こないだの年金会館の人覚えてる?昨日たまたま京都駅のエスカレーターで見かけて、『すいません、お久しぶりです!2ヶ月くらい前にライブハウスでお会いしたんですけど…』って声かけたら、顔見て「あっ」て言われてそのまま無視して逃げてかはってんけど…」






僕は、わけわからんというか、何でやねん!ってなって


一応そいつとは電話番号も交換してたし、

思い切って電話かけた。



そしたら

その番号は現在使われてなかった。




その時やっと、僕らは気づいた。


本当に、その時、やっと。





完全に騙された。



騙されたというか、




おちょくられた。




とても、悲しい気持ちになった。



まさかそんな意味のない事をする人がいるなんて思ってなかったし、

僕らの音楽をバカにされてしまった。



○ね、と思った。

僕は普段割と温厚で、後輩のバンドマンにいきなり腹パンチとかされてもニヤニヤしてるタイプやし、キレたことなんて多分人生で2、3回くらいしかないけど


そいつはほんまに


○ね、と思った。




何故僕が今こんな4年も前の出来事を思い出したのかわからないけど、


こういうわけのわからんアホにおちょくられたときのような
悔しい気持ちや、舐めんなって気持ちは風化したらイカンと思って

ブログに書いた。

いつも丁寧語でブログ書くけど、

今回はタメてやった。









ミーたん

中村くん

チャッサン


俺のブログ読んでるか。


覚えてるよな。このこと。

なんやったんやろうな、ほんまに。

ムカついたよな。
俺今でもムカついてるもん。






ていうか俺らもアホやったよな。





ブッキングとかおらんよな。





おわり













皮肉っぽいな、その読書感想文

こんばんは。

岡崎体育です。

 

ブログをしっかり書く事って、大事ですね。

トピックがどんなものであれ、日々の事や過去の事を書き留めてテキストにするのは過去を振り返るのにも便利やし、自分が思ってることを他の人に伝える手段やとも思いますし。

 

サッカーワールドカップもはじまるし。

がんばれ、ザッケローニ

そしてがんばれ、ザッケローニの通訳。

訳せ。色々と。

 

 

最近、近所の学習塾に、夏期講習申し込み受付中のポスターが張り出されました。

もうそんな季節かーと思いながらブログメイクしてます。

 

夏期講習かー。夏休みの平日の午前中から塾に行くあの感じとか

何となく恋ですよねー。

恋生まれそうですよねー。オギャりそうですよねー恋。

クリーチャー。

 

中学のころの塾って、

だいたい学校の制服のまま行く事が多いから私服とか見る機会めったにないけど、

夏期講習に関しては学校の制服きていくメリットないから私服で行きますもんね。

女子も男子も。

 

女子だいたいココルルココルル率やばい。

あとアナスイ

 

南国。南国感が塾に蔓延。

 

 

僕も中学のとき、同じ塾に通ってた人に好意を寄せてて。

別の中学やったし、なおさら私服を観る機会とかなくて。

 

まーココルルやったな。

 

で僕ディッキーズのズボンに、エニーチェのダッボダボのシャツ。

 

THE中堅地方自治体。

 

 

 

 

 

 

今年もこの街で、私服姿の塾内恋模様が生まれると思うと、甘酸っぱいですね。

まだやっぱみんなココルルなんかな。ココラーなんかなみんな。

 

何はともあれ、岡崎体育は中学生の恋を応援してます。

そういうバンドです。

 

 

 

 

 

 

あ、そうそう。

 

 

Bloc PartyのKreuzbergという曲が良い。


Bloc Party - Kreuzberg - YouTube

 

この曲の歌詞、サビのところ(1:18くらいから)で

 

「I have decided at 25 that something must change」

というフレーズがあります。

 

訳は

「25歳で決めた。 何かを変えんとアカン。」

ってことやと思います。

これであってるかな、ザッケローニの通訳。

 

僕もあと一ヶ月もせずに25歳になるわけでして、

ほんと、そろそろ僕しっかりせなイカンなと。ええ。思うのです。

 

ただステージ上でチョケてるだけの存在やと思われるのが当たり前ですけど、

最近どんなイベントに出させてもらってもそこそこ空気は作れるし、

ただの身内ウケしてるだけのしょうもない感じじゃないなと言うのはわかってきたし。

 

岡崎体育が将来ちゃんとお金になる存在やと自信持ってやってるわけですから。

この一年をしっかりやりきりたいと思います。

 

25歳の一年で、なにかありそうな気がする。

どっかから声がかかるとか、どういうものなのかはよく分かりませんけども、

なんとなくの勘で今年何かが変わりそうな気がしているのです。

そうなればええですけどね。頑張る事しか出来ません。

 

頑張れ、岡崎体育。

 

 

おわり